航空業界の常識に囚われない制度で生産性を向上
FMHR 小林 はじめに、改めて御社のご紹介をお願い致します。
深田 弊社は日本航空(JAL)の完全子会社です。ご存知の通りJALは2010年に経営破綻したのちにV字回復を遂げましたが、当時の経営陣がよく言っていたのが「既存事業以外の領域を伸ばせ」ということでした。 そこで、JALのようなフルサービスキャリアとは異なる事業領域として、ローコストキャリア(LCC)に着目するようになりました。 2017年の秋に準備室を立ち上げ、翌2018年の7月に準備会社を設立しました。その後、社名を「ZIPAIR Tokyo(ZIPAIR)」とし、必要な人員の採用や研修など運航への準備を進めたうえで2020年5月にZIPAIRとしての第1便を飛ばすことが決まっていました。 ところが、ちょうどその直前にコロナ禍に見舞われてしまい……5月に予定していた初フライトは延期となりました。
FMHR小林 不運としか言いようのないタイミングでしたね……。
深田 ええ。ただ、コロナ禍によって貨物需要は非常に旺盛になりました。弊社が使用している「ボーイング787型機」は客室が広く航続距離も長い。そこで2020年6月、貨物だけを積んで成田からバンコク(タイ)まで飛行機を飛ばしました。これが弊社として初のコマーシャルフライトです。同年10月には旅客事業も開始することになりましたが、最初の便となった成田‐インチョン(韓国)線にご搭乗いただいたお客様は行きが2名、帰りが1名。冗談のような話ですが、乗務員のほうが多かったんですよ。本当に厳しいスタートでしたが、なんとか生き残り、コロナの収束とともにお客様が増えてきました。2022年7月に黒字化を達成し、その後の経営状況も順調です。2024年3月より就航するバンクーバー(カナダ)線を含めると9路線になります。
FMHR 山田 FMHRが最初に御社に関わらせていただいたのは、まだ飛行機を飛ばす前の時期でしたね。ベースとなる人事制度の策定をご支援させていただきました。
深田 そうですね。もっと言えば、私がまだJALに在籍していた2012年の頃からフィールドマネージメントさん(FMHRの親会社)にはマーケティング領域でお世話になっていました。我々は飛行機を飛ばすオペレーションでは誰にも負けない自信があっても、マーケティングについては誰にも勝てない自信があります。社会が成熟した今の世の中では、各分野の細分化・専門化が進んでいて、エアラインの会社がマーケティングのプロにかなうはずがないですから。であるならば、自前でどうにかしようとするよりも、その道のプロに助けてもらうほうがいい。それと同じ考え方で、ZIPAIRとして人事制度策定の必要性が出てきたときに、人事制度のプロであるFMHRさんにご相談しようという考えが真っ先に浮かびました。「NEW BASIC AIRLINE」を標榜する我々として今の時代に合った制度を構築するには、プロの力を借りるのが不可欠だと考えました。
FMHR 山田 ありがとうございます。当時を思い返すと、いわゆる一般職の方たちに対して「Z_ONE(ゾーン)」という名称が付けられていたことがとても印象に残っています。旧来の航空会社では客室乗務員と空港で働くグランドスタッフが完全に分担されているのが常識。それに対してZIPAIRでは、例えば客室乗務員の方が空港での業務や広報など複数の業務を担当する仕組みを導入されていて、そうして幅広い分野で活躍する社員のことを「Z_ONE」と呼んでおられます。新しいエアラインの会社として、働き方についても新しい形を追い求めようとする御社の思いがよく表れていますよね。
深田 客室乗務員業務だけではなく、空港旅客サービス業務やサービス企画業務など複数の役割を担い、幅広い分野で活躍してもらうという思いを込めて、ZIPAIR Tokyoの「Z_」に「一人ひとり」を意味する「ONE」を組み合わせた造語として、「Z_ONE」と名付けました。複数の業務を担当するのは、長く働いてもらえる仕組みでもあり、「客室乗務員業務もできるビジネスパーソン」になって欲しいと考えています。客室であれ地上であれ、お客様に接するという点では同じですし、もちろん、その分の手当も支払います。複数の業務が絡むがゆえに評価制度のつくり方には工夫が必要になりますが、そこはFMHRさんに頼らせていただいて。
FMHR 山田 働き方のカテゴリを区分して整理したり、社員の方の納得感が出るように多面評価したりするなどの工夫をしました。それから、立ち上げから間もない会社様でしたので、いかに運用に耐えられるかという視点を盛り込んで制度設計をさせていただいたことをよく覚えています。
FMHR 小林 複数の業務を担うことでお客様のことをより深く理解できたり、キャリアの幅が広がったりと、会社側だけでなく個人にとってもメリットは大きいですよね。ほかの航空会社にはない画期的な仕組みだと思いますが、そういうことをすすんで実践されるカルチャーも御社らしいなと感じます。私は常々、人事制度にはメディアとしての側面があると考えているんです。企業としての姿勢が評価などの仕組みに反映され、社員はそこからメッセージを受け取る。だからこそ私たちも、可能な限りその企業の戦略やビジョンと接続した形で制度をつくるように心がけています。
深田 思い通りにいかないことも多いですが、少なくとも「こうありたい」という理想像のようなものはしっかりと持っていますね。FMHRさんには、そうした私どもの想いを受け止めていただいたうえで、それもしっかりと反映した制度づくりに取り組んでいただきました。コンサルにありがちな、コンサル側が持っている型にはめようとするような手法ではありませんでしたね。