株式会社東急百貨店
“GROW TOGETHER”の実現を目指して――事業構造の大変革に向き合った人事制度改定プロジェクト

タイトなスケジュールの中、的確に道筋を示し、よく引っ張っていただいた
業務管理室 室長
逸見 明子

多くの知見をいただき、人事部としての土台づくりにもつながる一年でした
業務管理室 人事部 人事・人事政策 課長
池沢 貴志
2023年、本店の営業終了をはじめ、事業構造の大転換を迎えた東急百貨店。同社はその変化に真正面から向き合い、「人事制度を一から見直す」という決断を下した。年功的な発想からの脱却、多様なキャリアパスの整備、そして成果を公正に処遇へ反映する仕組み——。 改革の根底にあったのは、「一人ひとりの学ぶ意欲を最大限に引き出し、会社と個人が共に成長していく人材育成を目指したい」という思いだ。経営層・現場・人事が一体となって挑んだ制度改定プロジェクトを、担当コンサルタントを交えて振り返る。
2022年に新制度施行も、事業構造の変革を受けて再改定を決断
FMHR 武藤 2024年、御社の人事制度改定プロジェクトに伴走させていただきました。まずは、制度改定に至った背景をご説明いただけますか。
池沢 当社では2021年に人事制度の見直しを行い、2022年度より新制度を導入しました。その際、目標管理(MBO)を廃止し、行動特性(コンピテンシー)を中心とした評価へと切り替えたのですが、実際に運用してみると課題が見えてきました。自分の成果がどのように評価につながるのかが分かりづらく、従業員の納得感が得られにくかった。評価する側も初めての仕組みに戸惑いがあり、「公正に評価する仕組みをつくる」という当初の狙いが十分に果たせていませんでした。
FMHR 武藤 とはいえ、まだ新しい制度。運用を続けながら浸透・改善を図る道もありそうです。
池沢 はい。そういう選択肢もありましたが、2023年に再開発による本店の営業終了があり、会社としての大きな転換を迎え、従業員の雇用環境にも変化がありました。事業構造が大きく変わる中で、これまでの延長線上では対応しきれない――そう強く感じたのが制度改定を決断した背景です。新たに掲げられた事業戦略に合わせて、人材をどう育成し、どう評価するのか。人事制度そのものを根本から見直す必要がありました。
FMHR 土橋 その制度改定を行うにあたっての外部パートナーとして弊社をご指名いただきました。選定の決め手はどのような点だったのでしょうか。
池沢 複数社にヒアリングを⾏いましたが、率直に言えば「一緒に制度をつくりたい」と思えたのが理由の一つです。長期にわたるプロジェクトですから、フィーリングの部分も大事にしました。もう一つは、組織のあり方を起点に議論してくださった点です。前提となる事業構造が大きく変わるタイミングでしたので、ゼロから一緒に考えるスタンスを共有できたのはありがたかったですね。
FMHR 土橋 御社のケースでは、局所的な課題に対して絆創膏を貼るような制度改定ではあまり意味はなさないだろうと考えていました。制度の「あるべき姿」から発想する点に共感していただけたのは、私どもとしても嬉しいです。
池沢 あともう一つ。人事制度改定の、原資(予算)のお話をされなかったことです。先ほどの話にもつながってくるのですが、「いくらの枠で何ができるか」という話から入るケースが多い中、FMHRだけは「まず何をやらなければならないのかを考えましょう」と言ってくれた。もちろん、原資について検討するフェーズは後々やってくるわけですが、あくまで「あるべき姿」を描き出すことが先決という考え方。私もそこに共感しましたし、決め手の一つになりましたね。
逸見 (当時の)所管役員からは、「しがらみなく、自分たちが良いと思ったところを選ぶように」と言ってもらえていました。しっかりと支えていただけると確信して、FMHRに依頼しました。
経営陣とも緊密に連携し、「あるべき姿」を示す人事部の役割をまっとう
FMHR 武藤 初期の議論を経て、今回の制度改定では大きく3つの方向性を目指すことが整理されました。まず、年功的な発想からの脱却。次に、マネジメント職・専門職といった複線型のキャリアパスを整え、従業員一人ひとりの意欲や強みを生かせる仕組みをつくること。そして3つ目が、従業員の行動や成果を公正に処遇に反映すること。この3点を軸に制度設計を進めた形でしたね。
池沢 事業構造が大きく変わる中、今までと同じことを続けていても成果が生まれる状況ではありませんでした。もちろん守るべき信念やポリシーはありますが、変えるべき部分を変えない限り、新しい事業構造に適した環境を整えることができない。そういう認識のもとで検討を進めた結果、3つの方向性に整理されました。
FMHR 武藤 経営層と密に連携しながら進められたことは、本プロジェクトの特徴的な面だったかと思います。
逸見 これまで取り組んできた構造改革の流れを受けて、「人事制度を一から見直さなければ」という認識は共有されていましたので、必然的に経営層を巻き込む形になりました。改めて数えてみたら、経営層との確認会での報告はプロジェクト期間中だけで14回にものぼっていました。
池沢 かつてない頻度ですよね。以前は、人事が“経営を補助する立場”として遠慮していた部分もあったように思います。でも本来は、人事領域における当社の現状を客観的なデータに基づいて分析し、「何が問題で、何に取り組むべきか」を経営に対して示すべきです。今回、FMHRのサポートを得て、それを真正面から経営に提示できたことは当社にとって非常に大きな転換でした。
FMHR 武藤 私どもからかなり踏み込んだ提案をさせていただくこともありましたが、人事部として「これがあるべき姿だ」と受け止めた上で、経営陣に正面から提示してくださったのが印象的でした。最終報告の際も経営陣からの質問がほとんど出ず、皆さんがしっかり理解された上で承認されたことが印象に残っています。
逸見 FMHRから客観的なデータを示してもらえたことで、「自分たちだけの視点だけではない」と自信を持って話せた面もあったかと思います。また経営層の一人ひとりが、制度を「自分たちで議論し、納得して決めたもの」と感じられたことは、今回のプロジェクトの大きな成果でした。
従業員一人ひとりが自発的にキャリアを築ける環境をつくるために
FMHR 土橋 制度の中身についてもお聞かせください。今回の改定は、どのような点を重視されましたか。
池沢 根底にあるのは、「一人ひとりの学ぶ意欲を最大限に引き出し、会社と個人が共に成長していく人材育成を目指したい」という思いです。そして、従業員一人ひとりが自発的にキャリアを築ける環境をつくりたいと考えています。学ぶ環境を会社がつくり、上司が気づきを与え、本人が自ら行動する――この3つがうまく回れば、仕事への向き合い方もエンゲージメントも大きく変わると考えています。そのための土台を整えることが、今回の制度改定の出発点でした。まず等級制度に関しては、マネジメント職と専門職の複線型を導入し、専門分野で力を発揮したい人にも明確なキャリアパスを設けました。さらに「ナレッジ職(役職定年以降の格付)」の役割を明確化し、経験豊富な従業員の知見を次世代に継承する仕組みも整えました。
逸見 複線型といっても実際に制度として形にするのは簡単ではなかったですね。特に専門職については、どんな資格要件にすべきなのか、人事だけで判断できない部分が多く、外部の専門家にも相談しながら進めました。
池沢 評価制度では、業績考課(MBO)を再導入しました。以前はコンピテンシー考課のみで運用していましたが、「自分の成果がどう評価されるのか」という実感を持てる制度の必要性は感じていました。また、コンピテンシー考課では相対評価をやめて絶対評価に移行し、公正性と人材育成効果を両立させました。
FMHR 土橋 報酬面でも大きな変化がありましたね。
池沢 賃金水準を引き上げ、また賞与については業績考課(MBO)の評価と連動させ、成果が額面に反映される仕組みとしています。次回の支給のタイミングで皆さんがどういう感想を持つのか、意識にどんな変化が現れるのか、楽しみですね。
逸見 今回の制度改定は、クルー社員(契約社員)やエルダーサポート社員(定年後再雇用社員)も対象としています。もちろん運用の中で改善を図らなければいけない点もまだまだありますが、雇用形態にかかわらず、「誰もが成長できる環境」の基盤を整えられたと思います。
会社と従業員の“GROW TOGETHER”を実現すべく、制度のさらなる浸透を図る
FMHR 武藤 私どもの取り組みについて振り返っていただくと、何か印象に残っていることはございますか?
逸見 私が2024年2月に人事部へ異動してきたときにはすでに、翌2025年春から新人事制度をスタートさせるという目標が決まっていました。実質的な準備期間は1年ほどしかなく、相当タイトだったと思います。そうした中、FMHRにはプロジェクト全体をよく引っ張っていただいたという印象が強いですね。「次はここまで決めましょう」「次はこのテーマで」と、常に進行の道筋を示してくださった。FMHRがいなければ、スケジュール通りにここまで来ることはできなかったと思います。
池沢 私は率直に言って、楽しかったですね。ミーティングのとき、私自身が知っていることでも、あえてFMHRの皆さんに質問をさせていただくことが何度かありました。それは、人事部の若手メンバーにとって貴重な学びの機会にしたいと思ったからです。FMHRの皆さんはその場その場で適切な回答をしてくださったので、みんなとても勉強になったと思います。単に制度をつくるだけではなく、人事部としての土台づくりにもつながった一年でした。
逸見 レスポンスも早かったですよね。こちらがお願いしたことに対して、すぐに回答をいただけたので助かりました。
池沢 確かに。大詰めの時期などはイレギュラーな時間に連絡してしまうこともありましたが、スピーディーに対応していただけました。
FMHR 武藤 ありがとうございます! 今後の運用フェーズでは、どのような点を重視していくご予定でしょうか。
逸見 重要だと思っているのは、従業員の当事者意識です。特に、⽇々マネジメントをしている⽅たちが、目標設定や人事考課を自分事としてとらえ、取り組んでもらえるようにすること、「目標設定や人事考課は人事部の仕事」ではなく、「マネジメントをする人、全員の仕事である」という意識を持てるようにすることが、⼈事として大事なことだと感じています。これまでは人事部からの発信の積極性やわかりやすさという部分に課題があったと感じてもいますので、制度の背景にある考え方を広く伝えていくことも忘れずにやっていきたいですね。
池沢 FMHRの皆さんがお話しされた「制度3割・運用7割」という言葉は、経営層含めて私たちの頭に浸透しています。まさにこれからが本番。今後は評価者研修の実施などを通じて、実践の場での理解をさらに深めていく必要があると考えています。最終的に目指しているのは、「GROW TOGETHER」。これは採用広報などで用いているフレーズでもあるのですが、一人ひとりの成長が会社を成長させ、会社の成長がまた従業員の成長を後押しする。――そんな双方向の関係を築きたいという思いが込められています。今は、そのための環境整備の第一歩を踏み出したところ。ここから先、どう運用し、どう文化として根づかせていくか。それを着実に進めていくことが、私たちの役割だと思っています。
FMHR 武藤 今後もお困りのことがあれば、いつでもご相談いただければ嬉しいです。本日はありがとうございました!
※内容およびプロフィールは取材当時のものです